トライ&エラーが若者の成長に必要だとすれば、エラーを受け入れ自らもトライし続ける大らかな姿勢が社会に必要です。とはいえ、清水の舞台から飛び降りるほどの大きなトライでなくてもいいのです。どちらかというと求められるのは、いつもと違う道を選んで目的地に行くような小さなトライ。そのもうひとつの選択には、もしかすると思ってもいない風景が広がっているかもしれません。

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「夜遅くまで残業しなければならなかった時、率先して一緒に残ってくれたのが柴山くんと本多くんでしたね」と話すのは、日清精工の代表取締役社長である岩谷清秀さん。サポートステーション(以下、サポステ)を通して柴山さんと本多さんの仕事体験を受け入れ、そのまま採用しました。

雑貨、家電、車の照明部品、パチンコの証明器具のフード、パチンコの基盤。世の中のありとあらゆるプラスチック製品の金型を製造している日清精工。日本有数の工業都市として知られる東大阪に社屋を構えたのが昭和48年。この道一筋24年、2代目の岩谷社長が社員15名をひとつに束ねています。近年は他社の注文を受ける受託製造だけでなく、自社企画で携帯ケースや日用雑貨の企画・製造・販売までを手がけるMILCA事業部を新たに立ち上げました。

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サポステの若者の仕事体験を受け入れる話が浮上したのは、ちょうどMILCA事業が繁忙期を迎え、商品のパッケージ詰めやシール貼りなどの軽作業を担う人材確保に頭を悩ませている時でした。出展していた展示会にサポステの営業担当がやってきて、若者のことや仕事体験のこと、サポステの仕組みについて説明してくれたのだそう。

サポステに通う若者の仕事体験期間は1週間。企業は仕事体験という場を提供することと引き換えに、労働力の提供を受けます。1週間実際に一緒に働く中で人材を見極められることは、企業にとってもありがたいこと。しかし、これまで何度も仕事体験を受け入れてきた理由はそれだけではないようです。

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「軽作業している様子を見ていたら、ラベルを貼った箱や商品をきちーっときれいに並べてくれるんですよね」作業内容は、誰にでもできるシンプルな仕事だったそう。しかし同じ仕事でも、ていねいで几帳面にこなす方がいいに決まっています。

はじめて仕事体験を受け入れたときは、まず真面目でコツコツと言われた仕事をこなす柴山さんのこうした姿勢が目に留まったそう。たまたま柴山さんが工学系の大学を出て、多少機械の知識があったこと、本人も製造業での就職を希望していたこと。すべての歯車が合致し、柴山さんの就職が決まったといいます。その後、プラ板で何100個という数の箱を作らなければならなかった時、同時に数名を仕事体験として受け入れました。その時仕事の指示を仰いだり、自然とグループ全体を取りまとめるような役割をしていたのが本多さん。

「コミュニケーションが苦手な若者」と聞いて、最初は構える気持ちがあったかもしれません。それなのに、仕事体験を何度も受け入れてきた要因は何だったのでしょう?

「うちの仕事って、材料と図面を渡されて加工をやっていくんです。だからといって流れ作業でもない。毎回違うものを加工するので、ひとつひとつ自分で考えて黙々と仕事をする職場。話すのが上手じゃないという性格であったとしても、課題にたいして没頭するタイプの人は合うと思うんですよ。サポステで紹介してくれる若者は飲み込みが早いし、すごくまじめでコツコツやる人が多い」と岩谷社長はいいます。今では異業種交流会でもサポステのことを宣伝し、サポステに通う若者を「戦力になるよ」と太鼓判を押しているそう。

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ただし求めれば誰にでも門が開くのではないはず。これまで多くの仕事体験を受け入れてきた中で、様々な若者を見てきただけに、1週間ともに働けば若者の人となりが見えてくるそう。「まず挨拶ができることが基本。うつむいていたままだったり、声が小さかったりだと、一般生活は問題がなくても会社で仕事をする一員としては難しい場合もあります。特に製造業ってひとつのものを作るのに、数人のチームワークでできているからお互いに尊重する気持ちがないと」とも。

若者を受け入れたことによって、雇用に関しても新しい展開が見られました。これまでは経験者を雇うものの、1年経ってようやく仕事を任せられるようになると辞めてしまう人もおり、従業員の定着に問題を抱えていたという岩谷社長。「柴山くんと本多くんをきっかけに、若者の人材獲得ができるというのも良い点でしたね。企業は上から人を入れるんじゃない。下からの底上げが大事なんです」と語ってくれました。企業の平均年齢を下げるような若手を獲得し、今では職場全体の雰囲気も良くなってきたそうで、お話をうかがった会議室の壁には、十数年ぶりに行ったという社員旅行の写真が飾ってありました。

「コミュニケーションが難しいからといって、やる気がないわけじゃないんですよね」と岩谷社長。柴山さんや本多さんは、残業にも文句を言わず黙々と働き続ける。それはもう、こちらが心配になるくらい、だとも。

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だからこそ毎朝、岩谷社長は挨拶をする瞬間から彼らを見守っているそう。昨日と比べて様子が違わないか、帰宅が遅すぎないか。自ら口を開くことが少ない柴山さんと本多さん。ほんのわずかな表情の変化を心にとめ、岩谷社長は敏感で積極的に声をかけるといいます。どんな経営者でも、会社がうまくいくことを願わない人はいないでしょう。しかしこうした繊細な配慮を実行するかしないかは、人それぞれ。

作業場を案内していただきました。端から端まで見渡せるくらいの作業場に、マシニング、フライスなど金型加工に必要な機械が整然と並んでいました。ちりひとつ落ちていない作業場。まるで岩谷社長の心構えが現れているようでした。「うちの始業は8時半からですが、10分にはみんな来て、TTM活動をするんですよ」

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TTM活動とは、「T=とこ T=とん M=見える」の意味で、作業に必要な道具を必要な場所に整然と置く整頓活動のこと。例えばレンチなど、仕事に必要な道具に合わせてスポンジのシートをくり抜き、「レンチ」と名称を記入する、といった具合に。これなら素人が見ても1分でとり出せます。物を探さない=時間のコストダウン、物を無くさない=新しく購入するコストダウン、すっきり片付ける=場所のコストダウンと、3つの節約が可能になる工夫だそう。「特に本多君は、TTM活動もセンスがあるんですよ」と評価していました。

「環境を変えないと、良い仕事もできないんです。でも環境を変えるといっても、人にやってもらうんじゃなくて自分で職場を良くする意識がないと。誰かがやってくれるという気持ちでは、すぐに置いていかれるんですよ」会社のことを話しているのに、社長の言葉はまるで生き方を諭しているみたい。けれどこんな姿勢があるからこそ、柴山さんも本多さんも、自分で働く居場所を作れたように思えます。

「全部ができなくても、ひとつでいいからやりたいことを見つければいいんです。まずは1年。1年頑張ったらもう1年頑張ろうってなるんじゃないですか。そうすれば自分の居場所が見つかるんじゃないかな」

自分の人生の舵を取るのは自分。さあ、風は外で吹いています。あなたも船に乗ってみませんか。